少犬A

昭和30年築の素敵な賃貸物件を、たまたま見付けた。
昭和の文豪が似合う佇まい。
作り付けの棚も建具も、雰囲気のある間取りの水回りも、小さな廊下も、見晴らしの良いベランダも、金具も取っ手も玄関ドアも借景も、何もかもが完璧。
部屋の広さも家賃も理想通り。
職場への道のりが遠くなるけれども、すぐに引っ越しを考えていたわけではないけれど、出会ってしまった。

週末、実物が見たいと申し込もうとした矢先、成約済みになっていた。
数日、部屋の使い方や通勤などシミュレーションを繰り返していたので、喪失感に襲われた。
あぁ・・何だか失恋した気分だ。
あいつなんか、エレベーター無しの4階だし。
あいつなんか、古い古いマンションだし。
あいつなんか、バランス釜だし。
・・と、悪いところを並べ諦めに掛かるところも失恋のようだ。
こなるともう、次に恋い焦がれる物件に出会わなくてはならない。
そう思いつつ、部屋の写真を眺める。
これで物件を見に行ったら、もう立派なストーカーだ。
物件ストーカーだ。
このままでは、なんだか訳のわからぬ間抜けな罪でお縄になってしまう。
しかし私は一時ひどく執着するも諦めがめっぽう早いので、失恋ならば三日で忘れられる。
でも、今日は・・しくしく。